メイ・パンのブルージーンズ

12.14.2009

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ガーリー哲学に基づいて考えれば「自立」というものほど、ガーリー感性を邪魔するものはないような気がします。

現代女子にとって自分で何も決断することなく、ただ流されていく生き方が理想的なことだとは思えないし、個人的におススメもしないわけですが(そーなんかい)それでも意思を持った瞬間、綿アメのようにふわふわとしたガーリー浮遊感は溶けてなくなってしまう。意思の強さとガーリーを両立させる方法もあるにはあるけど、それはまたのお楽しみに取って置くとして、今回は色んなことに対してちょっとばかし意思を持ち過ぎてしまったアナタと、そしてワタシ自身のために(笑)最高にガーリンな時間をあのジョン・レノンと共に過ごしたメイ・パンについての覚え書きを。

もしメイ・パンと聞いてピンと来たなら、アナタがかなりストイックなジョン・レノンファン、またはビートルズマニアであると認めなくてはいけないでしょう。そう、彼女はジョン自らが「Lost Weekend/失われた週末」と呼ぶ1973年からの1年半、ビートルズ解散後の彼と暮らした愛人で、その前後もジョン&ヨーコのパーソナルアシスタントとして彼らを影で支えた若きチャイニーズアメリカンなのです。

彼女とジョンの関係は、メシア・ヨーコによるメイへの啓示をから始まります。ビートルズ解散のゴタゴタからか、言い争うことが多くなっていた二人に心を悩ませていたヨーコが、ある日メイに「ジョンと私、うまくいってないのよ。喧嘩が絶えないわ。多分、ジョンは他の人と出かけるべきだと思うの。」と言うと、閃いたように「ねえメイ、彼があなたのことを気に入ってるのはわかってるわ。もし彼があなたと出かけたいって言ったら従ってちょうだい」と告げたのです。驚き怖がるメイにはお構いなく、ヨーコはジョンに指示を与え、それから間もなく、静かにそして忠実にプランは遂行されました。

もちろんメイもいささかの抵抗は試みたようですが、メシアに抗えるわけもなく、おそらくほんの少しは大スターであるジョンへの思慕もあったでしょうし(本人は否定してますが)、若者らしい好奇心や憧れというのもあったのでしょう。二人はカリフォルニアを拠点として、NY、そしてあちこちの知人宅やホテルを放浪しながら暮らします。その間、ジョンはメイの計らいでジュリアン(*註1)との生活を楽しんだり、捨てられていた仔猫にメジャーとマイナーと名づけて家族として向かい入れたり(ジョンは伯母さんの影響で猫好きだったらしい)、メイの母親が作る中華料理に舌鼓をうったり(古風なジョンは決して彼女の母に会おうとしなかったそう)、自由に溢れたハッピーな日々は続き、メイとの生活の中でジョンは彼女のことを歌った曲「予期せぬ驚き/Surprise Surprise (Sweet Bird Of Paradox) 」を収録した「Walls and Bridges」を含む2枚のアルバムを制作(*註2)します。

そして1975年の新年、ついには二人のための家を買おう!という矢先、所用でヨーコに面会に行ったジョンが、そのままメイの元へ帰って来なかったというのは、これもメシアの思し召しだったのでしょうか。

ジョン没後28年だった昨年、この一連のノンフィクションストーリーをメイ・パン自身が撮影した当時の貴重な写真と共に発表した著書が「Instamatic Karma/インスタマチック・カルマ」です。ビートルズ解散の伏線を含め、スターに複雑な背景はつきもの。なのでメイ自身の気持ちは語られてはいませんが、プライベート写真の中の彼女の無邪気な笑顔は、同性のアタシでも抱きしめたい衝動に駆られるほどあどけなく、ジョンがなぜメイに惹かれたのか、なぜヨーコがメイなら適役だと考えたのか理解できるのです。

著書の中の1ページにラスベガスへの小旅行の帰りに立ち寄ったキャリコというゴーストタウンで、メイのブルージーンズを履いて佇むジョンの写真が収められています。

ある朝、ジョンは私を起こして言いました。
ほら君のジーンズをはいてみたよ!
そのようね。と私は答えました。どうして?
ぴったりだからさ。気にいった!
ジョンは二度と返してくれませんでした。
もう返ってこないとわかったとき、
私は裾に蝶と花の刺繍をしてあったのを思い出し
あれは剥がしたほうがいいと思いました。

写真のブルージーンズには、たしかに途中まで剥がされた刺繍の跡が残っていて(笑)メイの優しい想いと共に、期待という重圧から解き放たれて、自由な時代の自由な空気の中でリラックスしている一人のスターの素顔が写っています。

このブルージーンズはヴィンテージマニアなら一本は持っているだろうと思われる当時、爆発的に大流行したベルボトム。これは膝から下がフレア状に広がった形、いわゆるラッパズボン(死語だね)のことで、その発祥は19世紀の英米海軍のユニフォームに起因しています。作業着だったジーンズが、反戦を唱えるミュージシャンなどの愛用によって若者に定着したのは有名ですが、67年のパリコレに登場したベルボトムにフォークロアやエスニックの手法でカラフルな刺繍やペイントを施したジーンズが、盛り上がるヒッピーカルチャーの中で若者達にユニセックスなスタイルとして広く受け入れられたのです。

ジョンとメイのラブアフェアの背景である70年代初頭は60年代後半から引き続いたヒッピーの隆盛期で、そのムーブメントのきっかけになったのがビートルズの全米上陸だったとも言われています。ロックミュージックと同様に保守派なら顔をしかめるフリーセックスの概念も、ラブ&ピースの名の下にコミューン(*註3)を作って暮らす彼らのフリースタイルを表す主役的な存在で、ヒッピー感性がいかにアメリカ生まれらしいフロンティアスピリッツの「シェア=分かち合い」に通じているのかがわかります。

この世の中に自分のモノなんて何ひとつなく、すべては借りモノで、みんな自然に帰っていく。

それは時代を象徴するひとつの社会現象として、今の時代にそのまま当てはめて良いのかわからないけども「Lost Weekend」は、ジョンも、メイも、ヨーコも、あの時代の鼓動と共に生きていた証明で、図らずも彼らがシェアしてしまった宿命的ガーリンな週末だったんじゃないかと妄想するのです。そしてあの自由な時代から受継いだ恩恵にいくらか影響を受けているアタシにも「自分のモノ」に固執しない3人の生き方が理解できる。そんな気がするのです。

ジョン&ヨーコというモンスター級のカップルを自分の人生に招き入れることだけでも驚異なのに、自分の意思も持たずに流されるまま、ウッカリすべてを受け入れてしまった愛すべきガーリンなメイ。彼女は「人生は旅のようなもの」と著書を結んでいます。きっとジョンが返さなかったブルージンズは、大きな宇宙を浮遊する彼が旅の途中にある小さなユートピアで見つけた履き心地バツグンの一点ものだったのをメイは知っていたのかもしれません。

HAPPY HIPPIE HOLIDAY!

*註1:ジョンの最初の妻、シンシアとの間に生まれた長男ジュリアン・レノン。
*註2:74年「Walls and Bridges/心の壁、愛の橋」
     75年「Rockn'Roll/ロックン・ロール」
*註3:ヒッピー達による集団生活のための生活共同体。


Illustration by Yuki Kitazumi

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