NAVIGATORS : taramoon
リトル・イーディーのマリメッコ
05.11.2009
生涯ガーリーに生きられたら本望と思ってはいても、それがそう簡単な生き方ではないことをアナタも気づいているはず。てゆーか、そもそもガーリー人生って何なのさ?
現実と妄想の狭間に生息し、息をするように夢を見て、実存しているにも関わらず、まるで作り話の中の登場人物のような人生ってのがアタシの勝手な見解。ガーリー人生なんてもの自体が妄想だ!と、こと人生観に感しては、辛口のご意見をお持ちの貴兄も中にはいらっしゃることでしょうが、実を言えばガーリーにこだわり続けて、ウン十年のこのアタクシでさえ、現実の世界を100%のガーリー濃度で生き抜くなんてことは可能なのか?と疑問に思っておりました。
今回、お届けするガーリンさんは、アタシが考えるガーリー人生の定義に叶った、おそらく唯一の女子であるかもしれないLittle Edieこと、イーディス・ブーヴィエ・ビール。日本ではまったくと言っていいほど馴染みの無いLittle Edieですが、1917年にNYのハイソサエティーに生まれ、その社交界デビューがNYタイムスに掲載されるほどの由緒正しいソーシャライトで、女優志望のファッションモデルだった経歴を持ち、一時はジョー・ケネディJr.の婚約者でもあったほど華やかな生活を送っていた女性です。歴女のアナタならミドルネームでお察しの通り、彼女はジャクリーヌ・ケネディ・オナシスの従姉妹。幼少時のジャッキーの憧れでもあった彼女は、52年のある日、母Big Edie(娘と同名)が住むイーストハンプトンの家に呼び戻されてから、Big Edieが亡くなるまでの20年以上の間、グレイガーデンズと名付けられた屋敷に引き蘢って暮らすことになります。
上流階級出身とは名ばかりの、離婚によって収入源を断たれた母との生活は困窮を極め、野良猫やラクーンの溜まり場と化したグレイガーデンズに衛生局の強制検査が入り、これがスキャンダラスに報道されるまで、ついにはガスも電気も通らない中、世間と隔絶されて暮らし続けていたわけですが、75年、この奇跡の母娘に興味を抱いたメイスルズ兄弟(*註1)によって製作された一本のドキュメンタリー映画「Grey Gardens」のヒットで、リアリティーとは到底かけ離れた場所に生息する二人の存在が全米に知れ渡り、今に至るまで一部のファンの間でカルトな人気を保っています。
05年に映画生誕30周年を記念したTV番組が製作されてからは、にわかにLittle Edieブームが再燃。ちょうどソーシャライトが注目されはじめ、それに便乗してということもあったのでしょう。06年にはその生涯がブロードウェイミュージカルの演目として脚本化されると、即座にマーク・ジェイコブスが「Little Edie」という名のアイコンバッグを発売したり、ジョン・ガリアーノが彼女にインスパイアされたコレクションを発表したり、あのLula magazineでもLittle Edieが紹介されるなど、ブームはファッションシーンにも飛び火して、つい最近はSATCでお馴染みのHBOが「Grey Gardens」のリメイクを製作。先月の18日に待望のプレミア放映される前から英語圏では、かなりホットな話題になっていました。
すでに今年の賞レースへのノミネート有力説が囁かれているほど、Little Edieを演じたドリュー・バリモアや、母親役を演じたジェシカ・ラングの本物に迫る演技も素晴らしいのですが、やはり妄想百貨店が注目したいのは、バイヤーもスクリーンに身を乗り出してしまったくらいのヴィンテージ・シックなコスチューム。彼女の着回し術は、ユニークなひらめきに溢れた、奇抜さとコンサバが絶妙に混ざり合ったスタイルで、Little Edieが非常にガーリン熟女的なファッションアイコンであることを証明するに足りるわけですが、それがどれだけオリジナルであるかは、やはり映像を見ないことにはピンと来ない思うので、どうにかしてこのカルトムービーが日本公開されることを天に祈りつつここはひとつ、当店バイヤーも目からウロコのコーディネイトをご紹介しましょう。
特筆すべきなのが、日光浴が好きなLittle Edieの花柄セパレート水着の扱い方。このとーってもレトロなスタイルが、かえって新鮮というのは言わずもがなでありますが、なんと彼女はこれを水着としてだけじゃなく、普段使いにしちゃってるんですねぇ。豹柄のジャージートップの上からベストのように重ねた水着の花柄は、北欧ラバーのガーリンさんにはたまらない「マリメッコ」のモノ。その上からボトムスを隠すように布をラップしてスカートにした着こなしは、ガーリン熟女ならではのチープシックなアイデアで、ハイブランドを着こなすゴージャス系マダムとはまったく違う可愛らしさを見せつけてくれます(笑)。
デザイン大国フィンランドを代表するプリントプロダクツの老舗マリメッコは、49年にその前身でもあるオイルクロスとプリント生地を製造するプリンテックス社を買収したヴィリオ・ラテアと、51年同社にアートディレクターとして入社した妻アルミによって誕生しました。現在に至るまで何度も浮き沈みを経験したものの、日本人を含む外国人デザイナーにもオープンな経営法によって再生を遂げ、今でも多くのファンに愛されるガーリーなプリントを生み出しています。Little Edieが愛用していた花柄はマリメッコの中心人物であったマイヤ・イソラによって64年に誕生した「Unikko(けしの花)」シリーズ。嬉しいことにロングセラーのこのプリント生地は今でも購入することが可能です。
マリメッコと言えば、60年代、まだ故ケネディー大統領夫人だったジャッキーが、ワンピースをオトナ買いしたことがキッカケで、その知名度を押し上げたという話が有名です。が、ファッションジャーナリストが「Little Edieスタイル=アンチ・ジャッキー」と、評するように、偶然とはいえゴージャスとチープシックのアイコンとなるべき二人の対決がこんなところで発見できたというのもガーリンな皮肉。
ビッグとリトル。この象徴的なニックネームが示す母娘の関係が、Little Edieを大きなモノには逆らえないナイーブな少女の頃に留まらせ、母の支配に悩まされながらも飛び出して傷つくことへの恐怖と葛藤する、やるせない現実への護身術として「夢の中に生きる」ことを身に付けさせたのだとしたら、かえってそれが彼女にガーリン的幸運をもたらしたのではないかと妄想させるのです。そしてBig Edieの没後、遅まきながら自立の時を迎えたLittle Edieは、長年の夢を叶え、60歳にしてNYのキャバレー(*註2)にダンサーとして出演。また母が愛して止まなかったグレイガーデンズを売却した資金で世界を旅して自由な人生を謳歌しましたとさ。
うっかり大人になるのを忘れ、夢にタイムリミットを付けなかったLittle Edieを見ていると、母と娘という一番身近なオンナ同士のリレーションシップには、そう簡単ではないガーリー人生を全うするのに有効に作用する凝縮されたエッセンスが隠されているような気がしてなりません。
My mother gave me a completely priceless life.
by Edith Bouvier Beale
*註2:マンハッタンにあるナイトクラブ「Reno Sweeney」にリトル・イーディーが出演したのは、78年1月10日から14日までの4日間で8回のショーをこなしたが、NYタイムズの批評家達からは大いに酷評を買った。
Illustration by Yuki Kitazumi
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