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山田詠美のジントニック
04.13.2009
スプーンは私を可愛がるのがうまい。
この衝撃的な書き出しにハートを撃ち抜かれて、アタシのエイミー人生は幕を明けました(笑)。
大人になるに従って、誰もがそれまでは考えもつかなかった経験の荒波にのみ込まれ、途方に暮れ、やがて諦めることを知り、自分を取りまく世界と折り合いをつけていくことを学ぶ。自分の想いは脇にどけ、相手に道を譲れる大人のマナーを身につけた人が「スマートな人」だと称えられ、心の中に引っ掛かったものをストレートに表現することはオトナ界では、どうやら歓迎されないらしい。
と、目の前にある階段を踏み出すことへ不吉な予感を感じつつ、悶々と過ごしていた時期に出会ったのが、当時最年少で文藝賞(註1*)に輝き、華々しく文壇デビューを飾ったばかりの山田詠美の処女作(註2*)でした。それまでオトナという人種を訝し気に眺めていたアタシには、その小説が「大人の女になるってとっても甘美なことよ」と、まるで信頼する先輩から自分へ宛てられた一通の手紙のように感じられ、それから続く数年間、エイミーの数々の作品を参考書代わりに、背伸びをしながら紆余曲折を繰り返して来たわけでございます。
エイミーに教わったことは数知れず、中でもお酒にまつわるアレコレはアタシの中で消化され、その時々に出会った人達の協力も得ながら(笑)いつしか自分のものに変わっていきました。ファンの方ならご存知のようにエイミー作品には、素敵なお酒のシーンがたくさん出て来ます。だから今回の主役は、初期の小説によく登場していたジントニック。それもタンカレイという銘柄のジンで作られた、当時はまだ子供の味覚しか持ち合わせなかったアタシに大人の味を教えてくれた思い出の逸品です。
そもそもアタシとタンカレイの出会いは、年上のお洒落なゲイの友人に連れられて遊び狂っていたティーンネイジャー時代(時効ってことでお願い致します)。時は現在のカフェブームの前身でもあるカフェバー(死語だな)のはしり。まだカクテルが都会的でトレンディー(トホホな表現だ)な飲み物として扱われていたのもあってか、飲み屋に置いてあるスピリッツの数も今ほど豊富ではなく、この美しいグリーンが印象的なボトルが珍重される時代でもありました。
その後すぐにカフェバーの大流行で、アッという間にタンカレイを置く店が増え、お酒を飲むということがアタシの日常の一部にも組み込まれ、ソウルミュージックがかかる薄暗いバーのスツールに腰掛けて「ジントニックをタンカレイで」なんて銘柄でオーダーするのって、なーんか通みたいじゃん♪と、悦に入っていた青い時代があった(遠い目)。緊張して訪れていた場所も、そのうち常連となり、黙っていても目の前に置かれるタンカレイトニックに「これですよ、これ」と心の中で舌鼓を打ったりして(さらに遠い目)。煙草の味はわからなかったけど、おかげでお酒には良い思いをさせて頂きました(笑)。
こんな青二才のアタシに束の間のオトナ気分を味合わせてくれたタンカレイは、正式名を「Tanqueray London Dry Gin」といい、1830年にロンドンはフィンズベリー区に蒸留所を開いたチャールズ・タンカレイという20歳の青年によって製造されました。区内の湧き水を利用し、キーボタニカルにはジンには欠かせないジュニパーの他、コリアンダー、アンジェリカルートを使用。これがタンカレイ独特の爽やかさを作っているのでしょう。初めて口にした時は、なんてフレッシュな味のするお酒なんだろうと感動しましたが、あまりに飲みやすいのでガンガン行ってしまうのが難と言えば難(まぢ苦笑)。47.3°という高いアルコール度数でありながら、泥酔したあとでも、なぜかお口直し的に飲みたくなってしまうのは、このサッパリとした飲み口のせいと思われます(良い子は真似しないでネ)。ケネディ大統領やシナトラといった歴史に残るセレブも愛したというタンカレイ。彼らがレディを口説く時にも、傍らにあったであろう由緒あるプレイボーイ御用達の銘柄も、エイミーにかかるとオンナが男を口説く小道具に変身してしまうのだから、時の流れとは素敵なモノ(笑)。
本物の大人ならきっと、誰でも心の中に自分の聖域を持っていて、それを道しるべにその人らしいオリジナリティーを作っていたりするものですが、その育て方をガイドしてくれる親切な大人は意外に少ない。一見、それは自分の胸に大切にしまっておけばよい個人の領域にも見えるのですが、良いモノを次世代へ継承する責任というのはオトナだからこそあるんじゃないかと思うのです。生意気な見解なのを承知で言わせてもらえば、アタシにはエイミーがその役割を熟知した責任感のある稀有なオトナのひとりだと思えて仕方がない。それは彼女の後ろを何万歩も離れて歩く自分自身が、続く道につまずきかけた時、偶然目にした彼女の文章に何度も救われている経験があるから確信にも似た想いがあります。
歳を重ねるということは、悲しいかな素敵なオンナの先輩に出会う確率が少なくなるということです。が、インターネットを通して妄想百貨店と顧客の皆様が繋がっているように、たとえ直接知り合ってなくとも、エイミーのような共感できる先達と同じ時代を生き、同じ空気を吸っていることには意味がある。人と人の出会いは本当に不思議で、アタシはあの時のタイミングでエイミーに出会えたこと、そしてそのあとも後輩を裏切ることなく、常に先を歩いてくれる彼女に感謝しています。
あれから四半世紀(!)たった今でも、初めての出会いで、はからずも受け取ったあのエイミースプーンで無垢なジントニックをステアしてみると、グラスの中に少量のラブが溶け込んで、乾いた喉に染み通り、「もしかしてこんな人生もいいものなのかも...」と、自分の通って来た道が味わい深く、なんだか愛おしいもののように感じられ、心地よい酔いへと誘われる。
エイミーはガーリンを可愛がるのがうまい。
当店バイヤーの買い付けの腕を信じてくださるガーリンさんは、どうぞお早めにエイミー味のジントニックをお試しください。
註1*:1962年に川出書房新社が設立した新人の登竜門といわれている文学賞。
註2*:85年に発表された「ベッドタイムアイズ」。黒人兵スプーンとクラブ歌手キムのせつないラヴストーリー。
Illustration by Yuki Kitazumi
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2000年からは、より一層のクオリティーを目指したタンカレイ・ナンバー・テンも発売されています。ウオッカもあります。
