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革新的なクラシック。YSLリヴ・ゴーシュのジャケット
10.20.2008
今までの私の記事を読んでいただければ、『着倒れ方丈記』を地でいくヤクザな「モノ道」に足をつっこんでいる様子に薄々(?)感づいていらっしゃるかと思います。
たかがモノ。されどモノ。
「モノ道」も上には上がいるわけで、私ごときはまだ青二才ではありますが(バジェットも限られてますしね ^^;)、それでも今まで私なりに時間とお金を費やしてきた経験から学んだことがいくつかあります。愛着がわいて長い間付き合えるモノ、その時ときめいたけどやっぱり短い関係で終わったモノ。それぞれ魅力や深入り度は異なりますし、人によって何がバリューなのかが違うのは当たり前。でも、誰にでも自信を持ってオススメできるモノも中にはあります。それは「タイムレスな(時間や時代を越えた)クラシック・ピース」に殿堂入りした銘柄モノ。そこまでの域にたどりつくモノは、そうそうありません。
そういうモノたちは、たとえわかりやすい入り口(「名前」や「見た目の美しさ」)に魅かれたとしても、その背景にキチンとした奥深い「モノづくりに対する考え方」があったりするので、長く付き合う価値がいろんな点で感じられたりするものです。
最初に取り上げたルブタン(の定番型)や、こないだご紹介したゴヤールもそんなアイテムの1つ。そして本日殿堂入り銘柄として取り上げたいのがイヴ・サンローラン・リヴ・ゴーシュのジャケットです。
イヴ・サンローラン。その名前は20世紀のクチュリエの歴史に燦然と輝いていますが、今年の6月に亡くなって、改めてその存在を意識した方も多いのではないでしょうか。彼の極度に洗練された美意識、現代的で自由な女性の求めるさまざまな新しいスタイルを提案した革新性、少女のような繊細さなどは、taramoonさんの記事でも詳しく触れていたところでした。
一言で語るには足りないさまざまな偉大な仕事の中で、一時的な流行で終わらず、その後社会的に大きな影響を与えた偉業の1つが「プレタポルテ(既製服)」ラインである「イヴ・サンローラン・リヴ・ゴーシュ」の設立。そしてもう1つが、自立した自由な女性が着こなすさまざまな洋服を打ち出したこと。サファリジャケット、トレンチコート、そして男性用のアイテムを女性向けにデザインしコンサバティブなイヴニングドレスから開放したスモーキングやパンツスーツでした。
それらの仕事が魅力的なのは、
「革新」(今では考えられませんが、60年代には女性がパンツを履くことすら困難でした。「リヴ・ゴーシュ」とは“左岸”という意味で、当時右岸にあったメゾンと反対にある、というステートメントでもあります。)と「エレガンス」(男性のため・機能のためだけではないパンツは女性が身につけ、トランスペアレントのブラウスと合わせることでこの上ない優美さをかもしだします。)、
「心地よさ・活動的」(外に出て活動する女性がくつろげる服。ちなみにサンローラン唯一の後悔は“ジーンズを発明しなかったこと”)と「美」(それらはインスピレーションを与え、サンローランいわく“それを纏った人の仕草が服をさらに美しく表現する”)
と、相反するものがサンローランにしかできないやり方でぎりぎりのところで両立されていたことと、それらを支えるすばらしい職人仕事に敬意を払い、誰よりも理解したうえでの工業的な(プレタポルテの)デザインだったからのような気がします。そして、2008年の今でもそれらの仕事を見て息を呑むような力を感じるのは、それらが「洋服」という形で、女性自身に「あなたがどうありたいか」ということを私たちに問いかけ、伝統を内部から壊しながらそれを新しいクラシックとして生まれ変わらせることをやってのけていたからなのではないでしょうか。(実際、サンローランはさまざまに変わりゆく「流行=モード」を作りだしながら、それらを「クラシック」として、古いアイテムと新しいアイテムを組み合わせることを薦めていました。)
90年代にリヴ・ゴーシュは、まずサノフィ・ボーテ社に、そしてPPR(ピノー・プランタン・ルドゥート)のホールディング会社であるアルテミスを通じて買収→リヴ・ゴーシュ及び香水部門を傘下のグッチグループに売却されるなど、まさに資本主義のパワーゲームにその身を委ねることになりました。その間、オムのデザイナーが今では一躍時の人となったエディ・スリマンに、またフェムのデザイナーは現在LANVINで大活躍のアルベール・エルバスが、そしてトム・フォードにと変遷しました。ただ、クチュール部門のみは引き続きサンローランが采配をふるいましたが、惜しまれながらもいさぎよく2002年に引退すると同時に、彼以上の適任者は見つからないとし、そのアトリエは閉鎖されました。それほど、パリの職人、そして周囲の人に慕われ尊敬されていたのでしょう。
現在、リヴ・ゴーシュのデザイナーは、過去にアルマーニやプラダのキャリアを経たステファノ・ピラーティ。サンローランほどの天才、カリスマ性はないものの、そのアーカイブを深く理解し、現代的に解釈した服作りには、いまだサンローランのDNAが息づいているように感じます。フランスのブランドであってもイタリアで生産をするところがほとんどになりつつあるグッチ・グループの中において、フランス製にいまだこだわっているのがリヴ・ゴーシュだそうです。そこには、サンローランが培ったほかでは見られない細やかで職人的なテーラリングの技術が見られます。そのフェミニンなシルエットの美しさ、ディテールの繊細さは、着たときにさらに深くうなづいてしまうものです。立体的なアームホールや背中のライン、キュっとしまったぺプラムライン。「モードの帝王」が亡くなった今、ぜひともその意志を引き継ぐ服作りを続けてほしいなあ、と思います。
今周りを見渡すと、「ファッション」は誰かの「スタイル」ではなく、いかに効率的にお金を稼ぐかの商業主義の1つとして存在しているように見えます。誰かが「これがいい」と言えば、それがいいのかもな、と思うのは人間の心理だけれども、それは売るという目的のためだけに作ったものかもしれない。ファッションに限らず、そういうモノが氾濫している中で、コマーシャルな目的だけではない、ちょっと違った考えのモノ作りも世の中にはあるし、そんなお金に換算できない部分こそが、自分自身の生き方のインスピレーションとなるような気がしています。
「ファッションは廃れる。しかしスタイルは永遠だ」イヴ・サンローラン
Photograph by Mii Sekiguchi
たかがモノ。されどモノ。
「モノ道」も上には上がいるわけで、私ごときはまだ青二才ではありますが(バジェットも限られてますしね ^^;)、それでも今まで私なりに時間とお金を費やしてきた経験から学んだことがいくつかあります。愛着がわいて長い間付き合えるモノ、その時ときめいたけどやっぱり短い関係で終わったモノ。それぞれ魅力や深入り度は異なりますし、人によって何がバリューなのかが違うのは当たり前。でも、誰にでも自信を持ってオススメできるモノも中にはあります。それは「タイムレスな(時間や時代を越えた)クラシック・ピース」に殿堂入りした銘柄モノ。そこまでの域にたどりつくモノは、そうそうありません。
そういうモノたちは、たとえわかりやすい入り口(「名前」や「見た目の美しさ」)に魅かれたとしても、その背景にキチンとした奥深い「モノづくりに対する考え方」があったりするので、長く付き合う価値がいろんな点で感じられたりするものです。
最初に取り上げたルブタン(の定番型)や、こないだご紹介したゴヤールもそんなアイテムの1つ。そして本日殿堂入り銘柄として取り上げたいのがイヴ・サンローラン・リヴ・ゴーシュのジャケットです。
イヴ・サンローラン。その名前は20世紀のクチュリエの歴史に燦然と輝いていますが、今年の6月に亡くなって、改めてその存在を意識した方も多いのではないでしょうか。彼の極度に洗練された美意識、現代的で自由な女性の求めるさまざまな新しいスタイルを提案した革新性、少女のような繊細さなどは、taramoonさんの記事でも詳しく触れていたところでした。
一言で語るには足りないさまざまな偉大な仕事の中で、一時的な流行で終わらず、その後社会的に大きな影響を与えた偉業の1つが「プレタポルテ(既製服)」ラインである「イヴ・サンローラン・リヴ・ゴーシュ」の設立。そしてもう1つが、自立した自由な女性が着こなすさまざまな洋服を打ち出したこと。サファリジャケット、トレンチコート、そして男性用のアイテムを女性向けにデザインしコンサバティブなイヴニングドレスから開放したスモーキングやパンツスーツでした。
それらの仕事が魅力的なのは、
「革新」(今では考えられませんが、60年代には女性がパンツを履くことすら困難でした。「リヴ・ゴーシュ」とは“左岸”という意味で、当時右岸にあったメゾンと反対にある、というステートメントでもあります。)と「エレガンス」(男性のため・機能のためだけではないパンツは女性が身につけ、トランスペアレントのブラウスと合わせることでこの上ない優美さをかもしだします。)、
「心地よさ・活動的」(外に出て活動する女性がくつろげる服。ちなみにサンローラン唯一の後悔は“ジーンズを発明しなかったこと”)と「美」(それらはインスピレーションを与え、サンローランいわく“それを纏った人の仕草が服をさらに美しく表現する”)
と、相反するものがサンローランにしかできないやり方でぎりぎりのところで両立されていたことと、それらを支えるすばらしい職人仕事に敬意を払い、誰よりも理解したうえでの工業的な(プレタポルテの)デザインだったからのような気がします。そして、2008年の今でもそれらの仕事を見て息を呑むような力を感じるのは、それらが「洋服」という形で、女性自身に「あなたがどうありたいか」ということを私たちに問いかけ、伝統を内部から壊しながらそれを新しいクラシックとして生まれ変わらせることをやってのけていたからなのではないでしょうか。(実際、サンローランはさまざまに変わりゆく「流行=モード」を作りだしながら、それらを「クラシック」として、古いアイテムと新しいアイテムを組み合わせることを薦めていました。)
90年代にリヴ・ゴーシュは、まずサノフィ・ボーテ社に、そしてPPR(ピノー・プランタン・ルドゥート)のホールディング会社であるアルテミスを通じて買収→リヴ・ゴーシュ及び香水部門を傘下のグッチグループに売却されるなど、まさに資本主義のパワーゲームにその身を委ねることになりました。その間、オムのデザイナーが今では一躍時の人となったエディ・スリマンに、またフェムのデザイナーは現在LANVINで大活躍のアルベール・エルバスが、そしてトム・フォードにと変遷しました。ただ、クチュール部門のみは引き続きサンローランが采配をふるいましたが、惜しまれながらもいさぎよく2002年に引退すると同時に、彼以上の適任者は見つからないとし、そのアトリエは閉鎖されました。それほど、パリの職人、そして周囲の人に慕われ尊敬されていたのでしょう。
現在、リヴ・ゴーシュのデザイナーは、過去にアルマーニやプラダのキャリアを経たステファノ・ピラーティ。サンローランほどの天才、カリスマ性はないものの、そのアーカイブを深く理解し、現代的に解釈した服作りには、いまだサンローランのDNAが息づいているように感じます。フランスのブランドであってもイタリアで生産をするところがほとんどになりつつあるグッチ・グループの中において、フランス製にいまだこだわっているのがリヴ・ゴーシュだそうです。そこには、サンローランが培ったほかでは見られない細やかで職人的なテーラリングの技術が見られます。そのフェミニンなシルエットの美しさ、ディテールの繊細さは、着たときにさらに深くうなづいてしまうものです。立体的なアームホールや背中のライン、キュっとしまったぺプラムライン。「モードの帝王」が亡くなった今、ぜひともその意志を引き継ぐ服作りを続けてほしいなあ、と思います。
今周りを見渡すと、「ファッション」は誰かの「スタイル」ではなく、いかに効率的にお金を稼ぐかの商業主義の1つとして存在しているように見えます。誰かが「これがいい」と言えば、それがいいのかもな、と思うのは人間の心理だけれども、それは売るという目的のためだけに作ったものかもしれない。ファッションに限らず、そういうモノが氾濫している中で、コマーシャルな目的だけではない、ちょっと違った考えのモノ作りも世の中にはあるし、そんなお金に換算できない部分こそが、自分自身の生き方のインスピレーションとなるような気がしています。
「ファッションは廃れる。しかしスタイルは永遠だ」イヴ・サンローラン
Photograph by Mii Sekiguchi
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イヴ・サンローラン・リヴ・ゴーシュのジャケット
イヴ・サンローラン・リヴ・ゴーシュ
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Available at
直営店および全国の主要百貨店など。
現在のデザイナーであるピラーティは毎シーズン、シグネチャーの1つであるスモーキングのバリエーションを出してきているので、そちらもオススメです。ドレスの代わりにジャケットを1着という考えを取り入れてみてはいかがでしょう?
