イヴ・サンローランの絵本

10.13.2008

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モード界の今年一番の悲しみは「イヴ・サン・ローラン氏の死」だったのでは無いでしょうか。6月1日、本格的な夏が訪れる前にサン・ローラン氏は71年の人生に幕を下ろしました。その4日後にパリで執り行われた葬儀に、サルコジ大統領夫妻や旧友カトリーヌ・ドヌーブを含む、800人もの各界著名人が参列した様子は、TVやインターネットのニュースでも配信され、翌月号のファッション誌はこぞって追悼特集を汲んで、彼の偉大なる功績を忍んでいたのをガーリン読者なら目にしたことと存じます。 

イヴ・サン・ローラン」は、皆様もご存知のように、1962年の創立より引退の2002年までの40年間を経て、フランスが誇るクチュリエのひとつになりました。60年代と言えば革命的なモードの草創期ではありますが、意外に「モード」がアタシ達の生活に近づいて来た歴史は浅く、「モード系」なんていう個人のスタイルをカテゴリー化する呼び名が大衆に定着したのも、90年代を過ぎた頃からだったように記憶しています。社会と共に変化する進んだオンナ達の気分を敏感に察知したイヴが、 ファッションのシステムとして提案した「プレタポルテ=既製服」の「リヴ・ゴーシュ」は、やはりサン・ローラン氏の数ある功績の中でも特筆すべき存在。そしてもちろんイヴの新しい挑戦に他のクチュリエ達が、刺激を受けなかったわけがありません。 

「クチュール=注文服」ブランドのデザイナー達も、「プレタポルテ」を始めることで大衆を新たな顧客として歓迎し、それに伴って、セレブとして頻繁にメディアを賑わすようになったわけです。が、それ以前の「モード」とは富裕層の女性のために存在で、有名メゾンのデザイナーは言わば上流階級のスター。今のような庶民的アイドルの要素はまったくありませんでした。「シャネル」や「クリスチャン・ディオール」のように創始者の死によって、止むをえず後継者を立て今も尚、君臨し続けているミラクルな老舗クチュリエもあるにはありますが、ここ数年でこそ世代交替をしているブランドが増えて来てはいるものの、一代で今の地位を築き上げた俺様がそう簡単に退いてなるものかっとヤケに気合いの入った老年デザイナーが多いのも事実でございます。 

そんな中、妙齢になってもモード界のスター(それもデザイナーに憧れられるデザイナー)であったその時期に、イヴは自ら一線を退くことを決め、病床にあったとは言え、マラケシュの自宅で静かな余生を過ごすことを選んだわけです。引退理由のひとつとして「ファッションが芸術性より商業的に支配されているのに愛想が尽きた」と語っていたそうですが、ファッションもビジネス抜きでは成り立たなくなっている現代、時代遅れにも見えるこの不器用な頑固さこそが、イヴ・サン・ローランという人物の繊細さを表している。スターであるがゆえ、「老いた姿、病んだ姿を大衆に晒すのなんて私には耐えられない・・・。」というアーティストとしての強い美意識と、カッコイイ引き際へのこだわりを妄想させる潔い決断。そしてこの頑固さの原点とも思えるような、ほとんど商業的な意味を持たなかったクリエイションが、今回、妄想百貨店バイヤーが買い付けた(笑)一冊の絵本でございます。

1956年、ムッシュ・ディオールのもとで働いていた当時20歳のイヴが、ゲイの同僚をモデルに書き上げたのがこの「おてんばルル(原題:La Vilaine Lulu)」。実際はおふざけ半分で書いたものなのでしょう。執筆後すぐに出版されたわけではなく、イヴが独立してから5年後の67年に初版本が発売されました。それからずっとお蔵入りになっていましたが、イヴの引退記念として2002年に「コレット」が限定発売したことで、一時はプレミアが付くほど業界でも話題に。ファンのリクエストで翌年にはフランスで再販。そして日本語版は06年に発売。そのおかげで「おてんばルル」は、こうしてアタシ達ガーリンにとっても身近な存在となったわけです。

主人公のルルは、お世辞にも洋服が似合うとは言えないズングリムックリの体型に、イヴ自身が生涯最も愛したという「赤と黒」を着こなす情熱的な女の子。一見、愛らしさに溢れた素朴な少女に見えますが、ところがどっこい子供だてらに「いけないポーズ」をするのが大好きで、「シュミック(まぬけ)」と「プリュック(元気)」が口癖という過激なオンナ。それだけでも十分なのに、熟女と見れば得意の毒舌でいじめ抜くわ、ウブな友達(もちろん子供)に酒飲ませて夜通し振り回すわ、ロリータ親父や若いイケメンを転がして火遊びはするわ、なんつー、トンでもないビッチぶり・・・もうね、イヴはどんな創作力を持ってして、こんな毒テンコ盛りの少女を作り出したのか。

自己顕示欲に自意識過剰を練り込んで、威張り屋のスープと超ワガママを一緒に煮込み、露出狂のスパイスを隠し味に振って、上から男ったらしのソースをかけて出来あがり。まるでフランス人が好む濃厚な料理のようなコッテリ味のルル。かつてのパリスやニコールを彷彿させる悪趣味なコケット(ってことは、あの二人はフランス的だったということ?苦笑)。たしかにガーリーにも「善い」ものと「悪い」ものはある。ただ、ルルは間違いなく「悪いガーリー」の見本です(良い子はマネしないでください)。と言いつつも、強烈な味ほど何だかあとを引いてしまうガーリンさんもいるでしょう。だからルルのお味は、ガーリン的嗜好品(訂正:悪い子はマネしないでください)。

インタビュー嫌いで寡黙な印象のある彼ですが、この一冊の中にはもう一人のイヴの存在が見え隠れしています。イヴ自身も前書きで「ヒロインのキャラクターをもとに著者の精神分析を行うなど無意味なこと」と先制攻撃を打ってますが、作者共にここまで他人の裏をかくイジワルさを持ち合わせながら(笑)不思議に憎めないのは、ルルを愛嬌のある姿形のオブラートに包んで、「ちょっとちょっと!ルルって子、見た目も中身も可笑しいでしょう?笑っちゃうでしょう?」と読者に語りかける、本当はお喋りな彼がそこにいるからなのかもしれません。引退前、自分の理想通りにモード界が進んでいかないのを横目に、オンナの内面を持っていた繊細なイヴであれば反発を覚えることも多かったはず。この絵本を読んでいると、そんな出来事に出会う度、きっとイヴの心の中ではルルが顔を出して「シュミック!」と、舌打ちしていたのではないかと妄想してしまいます。

ルルに担当させたビッチな発言の傍らで、イヴ語録には美しいモノもたくさん残されております。「裸体ほど美しいものはない。女性を纏うことのできるもっとも美しい服は、愛する男の腕である。しかし、この幸福をみつける機会のない女性のために、私はここにいる。」という言葉は、まったく偶然なんですが、前回の妄想百貨店のおススメとリンクする言葉で、ワタクシ個人としても非常に感慨深い気持ちにさせられました。イヴには女達が求めているモノを探求する飽くなき好奇心があり、その女の本質を見抜いた洗練された表現は「モード」としてのクリエイションだけじゃなく、お茶目なルルの中にも脈々と生き続けている。神経質そうなルックスとは裏腹に、夢みる乙女のような感情を胸に秘めていたイヴ。彼が親しい友人に「星の王子様」と呼ばれていたと知って、やはり彼もガーリンのお仲間だったか・・・。という思いが強まる今日この頃なのでございます。


 Illustration by Yuki Kitazumi
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おてんばルル(La Vilaine Lulu) 

河出書房新社 

2940円(税込み価格) 

Available at

日本語版はオンラインのブックショップより、出版社に直接問い合わせたほうが、確実に手に入れることが出来るかもしれません。どうやら仏語版は本国でも入手困難なようですね。

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